2007年1月 1日

ナダルのエネルギッシュな毎日

Round Robin Rafa Recycle

Tennis.comで、ナダルのエネルギーについての記事を見つけました。
Steve Tignor氏が今年3月にナダルにインタビューした時の様子なのですが、すごく微笑ましくて、紹介したくなってちょっと抜粋して訳してみましたのでよかったらどうぞ。


『』内は2006年の3月に投稿された記事の引用、最後の1節は現在(10月25日)のものです。
ホテルのロビーで3人の記者がナダルが来るのを待っているところから始まります。


『45分後、デニムを着た大きな男がロビーの隅から走り出してきた。彼は大きな笑みを浮かべ、青いフォルダーを抱えていた。ナダルだった。今すぐエージェントに見せなくてはならないものがあるという。彼はエネルギーに満ちていた。彼を止め、稲妻のようにすばやい握手を交わし、座らせるのはかなり大変だった。

フェスト(記者の一人)がインタビューを終え、またオフになると、ナダルは今度はガラス張りの玄関に向かって走って行った。ドアの前には4段か5段の階段があったが、それを下りて時間をムダにするよりも、彼は一気にそれを飛び越そうとして、よろけてほとんどガラスにつっこみそうになった。通りすがりの人たちとのたくさんの写真やサインのあと、我々はようやく彼を送迎車の後部座席に座らせることができた。ところが、彼のパスポートが見つからない。ナダルは車を飛び出し、彼の荷物のある、友達の乗っている車の方へ走って戻った。見つからない。数秒後、私の目の隅に、ナダルが別の方向に駆け出してホテルに戻って行くのが見えた。

五分間の死に物狂いの捜索の後、(彼らはフライトに遅れつつあった)、フロント・シートの誰かが「来た来た」と言うのが聞こえた。ナダルは車の、私が座っている側まで急いでやって来ると、ドアを開け、私が席を詰めるより早く、ほとんど私の上に座りそうになった。彼は座って、息を切らし、手にパスポートを折り曲げて握り、ベースボール・キャップを横向きに引っ張りながら、微笑んで深いため息をついた。

縁石から車を出そうとして、止まっている前の車の人たちに、ナダルのエージェントとドライバーがスペイン語で2、3言葉をかけた。私が左を向くと、ナダルは満面の笑顔で私を見ていた。「あんなこと言うなんて信じられる!?」と言うように口を大きく開け、目を驚きに見開いていた。

私たちが話し始めると、ナダルは完全に落ち着き、英語で話すために少し用心深く、たどたどしくなった。しかし彼は力強くもあった。ある時点で彼は突然、絶対的な説得力をもって「ウィンブルドンでは絶対にいいプレーをしたいんだ!」と叫んだ。そうするだろうと信じずにはいられなかった。』

彼がこんな風に生きてるとしたら、疲れるのも無理はない。ひとつ付け加えておくと、みんながナダルのパスポートを探してスーツケースを開けたり閉じたりしている時、パブロ・ネルダの詩集が目に入った。これをラファがツアー中に読んでいるのだろうか?まぬけなことに、聞くのを忘れた。

2006年4月 ナダルのインタビュー記事

The Big Interview: Rafael Nadal
Sunday Times April 23 2006

古い(2006年4月の)記事ですが、とてもいいインタビュー記事だったので、後半部分を抜粋して訳してみました。原文の英語も平易で読みやすかったです(ナダルが読めるようにやさしく書いたのか?)

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フェデラーのブログ1

「コンニチハ。

東京に来られてワクワクしてるよ。それと、今週のATP.comのブログを書けてとてもうれしい。今年、ブログをいくつか読んだけど、ATPサーキットの裏側で何が起こってるのか分かってとても面白かったし、ファンとのコミュニケーション手段としてもとてもいいと思う。

金曜日に日本に着いてから、信じられないような時間を過ごしてるよ。最初の練習を有明テニスの森の屋外コートでやったんだけど、すごくたくさんのファンが僕を見てた。こんなこと珍しいよ。みんなカメラを持ったり、電話を空中に掲げたりして写真を撮ってた。今まで見たことのない光景だったよ。練習に行く途中、みんな僕の後ろを走って来て、写真やサインやラケットや、服まで欲しいって言うんだ。一瞬裸で練習しようかと思っちゃったよ。こんな雰囲気は初めてだった。ロック・スターになったらこんななんだろうね。僕は日本のNo.1選手、添田豪と練習したんだけど、とてもいい人で、才能のある選手だ。

2ヶ月前、大会側が初日の10時からセンターコートで練習してくれないかと言ってきたとき、なぜなのか分からないままOKすることにしたんだけど、やっと分かったよ。大会側は僕の日本で初めての公式練習をプロモートして、一般公開したんだ。早朝練習にたくさんのファンが来てるのを見るのはいい気分だったよ。

土曜日には信じられない体験をした。日本の皇太子、徳仁殿下に皇居でお会いしたんだ。僕は長いこと待たされたんだけど、これは外交儀礼で、前もってちゃんと予定しておかなければならないことらしい。僕たちは彼の来賓用の邸のひとつへ行った。裏庭にクレーコートがふたつあって、一緒にウォームアップしたんだけど、彼が上手なので驚いたよ。彼が休憩してる間、別のジュニアとプレーして、そのあと殿下にダブルスをやってみませんかと聞いたら、すごく喜ばれて、1セット一緒にプレーした。とても楽しかったし、僕たちの勝ちだった!殿下はすばらしいウィナーを打つすばらしいパートナーだった。

日本はすごくエキサイティングだ。都市でも田舎でも、初めての場所に来るのは久しぶりだ。今でもあちこち行きたいとは思っているんだけど(? I'm still feeling my way around)、ここの人たちは礼儀正しくて丁寧で、来てよかったと思う。ミルカが日本で5、6回プレーしたことがあるから、どんなものか予想はしてたけど、思っていたよりもずっと楽しい場所だ。アジアを旅するのは大好きだ。バンコク、上海、ドバイ、ドーハには行ったことがあるし、いつも日本に来たいと思っていた。魅力的な歴史と文化をもつ興味深い国だ。スイスとは全然違うから、見てみたかったんだ。

渋滞は思ったよりひどくない。東京はとても清潔な都市で、生活のペースも想像していたより目まぐるしくない。ずっと東京はニューヨークかローマみたいなのかと思っていた。都心で850万、全体で1250万もの人が住むすごく大きな都市なら、どこに行っても人ばかりだと思うだろうけど、とてもゆったりしているみたいだ。

僕は日本食が大好きで、行く先々で食べるんだけど、「流行の」食べ物みたいだね。お米と野菜がたくさんでヘルシーな食べ物だ。僕もこの2、3年魚や肉を食べるようになったから、スシやサシミも楽しめる。土曜の夜、日本テニス協会の会長、盛田さんと会食して、しゃぶしゃぶを食べた。だし汁に肉を入れて食べるんだけど、スイス料理の「フォンデュ・シノワーズ」によく似てる。

この間、ミルカにいたずらして、彼女のサシミの下にワサビをたくさんつけておいたんだ。彼女は今でも鼻に火がついてて、絶対仕返ししてやるって言ってるよ。

朝食には、酢を飲むという日本の習慣を教えてもらった。組織をきれいにするんだって。とてもおいしかったよ。

さて、大会前のプレス・コンフェレンスに行かなくちゃ。

サヨナラ、また明日書くよ。

Roger」

フェデラーのブログ2

「コンニチハ。

2回目のブログがちょっと遅くなってしまった。昨夜はまだ少し時差ボケしてて、今朝は11:30まで寝ちゃったよ・・・今はずっと気分がいい。

みんなもそうだと思うけど、僕が起きて最初に行く場所はバスルームだ。ここですごい体験をした。日本のトイレは世界一だ。何時間もトイレに座ってられるよ!便座は暖かいし、ウォータースプレーまであるんだ。この特殊な便座のメーカー、TOTOは天才だね。僕のバスルームにあるトイレはスペース・シャトルみたいで、たくさんのボタンがあるから、間違えて押すんじゃないかと思っていつも心配なんだ。僕のアパートメントに絶対ひとつ買いたいよ!

昨日の夕食は、東京(東京駅の意味?)の近くで一番すてきな場所・銀座でスシを食べた。僕の好きなのはマグロだけど、イカは食べられない。夕べはイカを出されて、僕はまたベジタリアンに戻りたい気分だった。みんな知らないかもしれないけど、僕は10年前まで肉も魚も食べなかったんだ。今は何でも食べるけどね。夕べ、ミルカは一緒に食事に来なかったから、彼女にスシをテイク・アウトして帰った。彼女は「キャプテン・ワサビ」にまた襲われるんじゃないかと食べるのを怖がってたけど、僕は同じいたずらを2回やったりしないよ。彼女はまだ復讐を果たしてないから、気をつけなくちゃ・・・

夕食の前、僕は2006年のバカラ・アスリート・オブ・ザ・イヤー賞の授賞式に出た。僕の他に二人の受賞者がいて、ひとりは登山家のアナベル・ボンド、もうひとりは今年トリノ冬季オリンピックのフィギュア・スケートで金メダルを取った、日本スポーツ界のヒロイン荒川静香だ。アナベルは去年エベレストを含む7つの山に登り、シズカは僕がまだやってないことをやり遂げた・・・・オリンピックの金メダル。これは僕の2008年北京での目標だ・・・でなければ、2012年ロンドンでの。

バカラの授賞式ではほんの少しインタビューをした。驚くのは、日本のメディアはいつも、すごくよくインタビューの準備をして来るってことだ。きっと僕についてあらゆるものを読んで来るに違いない。それに興味深い、楽しい質問をしてくる。それから、雑誌『アエラ』の表紙の写真撮影もした。これは日本のTimeとかNewsweekみたいな雑誌だ。僕は写真撮影が好きで、時々は長くなることもあるけど、写真家と対話したり、彼らが準備するのを見るのが好きなんだ。

それから、昨日はショッピング・モールへ行って最大のゲーム・センターのひとつに立ち寄った。東京にはゲームセンターが何千もあるんだ。そこに僕のセガのテニス・ゲームがあっておかしかったよ。ボレーの達人(別名ティム・ヘンマン)と少し戦おうと思ったんだけど、ワークアウト・セッションがあるからホテルに戻らなくちゃならなかった。

僕の東京での運転手、イワノさんはいつもスイス・テニスの記章をつけてる。僕は、彼が僕のためにつけてるのかと思ったんだけど、実は彼はスイス・フェド・カップ・チームが有明コロシアムで4月に日本チームと戦った時の運転手だったんだ。彼はとてもいい人で、流暢な英語を話す。彼は最高の東京情報のソースなんだ。

今日はAIGジャパンオープンの公式ウェルカム・パーティの前に、5時から6時まで練習した。大会側は僕にファンから遠い5番コートを割り当てたんだけど、ファンがあんまり多いので、7番コートに移った。その方がファンが近づけるからだ。練習の最後に、僕は観衆の中から子供を一人招いてコートで一緒に短い打ち合いをした。その子はまだ7歳だったんだけど、すごく才能があるってことが分かった。何ポイントかベースラインからプレーして、最後のポイントで、彼はドロップ・ボレーのウィナーを打ったんだ。彼の名前はカイトといった。多分僕のエージェントのトニーはもう彼が署名する契約書を用意しただろうね。IMGのエージェントってそういう人たちなんだ・・・

これからティム・ヘンマンとStefan Koubekと鉄板焼きを食べに行くんだ。今夜はティムのおごりだから、神戸牛を二人前注文するよ!!

明日は仕事に戻って、有明コロシアムの第4試合をプレーする。試合が終わったらまたブログを書くよ。

サヨナラ

R 」

フェデラーのブログ3

「コンニチハ。

昨日の夜は、東京のオフィシャルホテルでスポンサー・レセプションとウェルカム・パーティがあった。僕は他の選手たちと一緒にステージに上がって酒樽を割った。こうすると幸運を呼ぶらしい。僕は樽を壊すぐらい思いっきり打ち下ろしてみようかと思ったんだけど、最後の最後の瞬間に自分の中で「ロジャー、それはやめておいたほうがいいよ」という声がして、まともな行動を取ることができた。ちゃんと適度な力で樽を割ったよ。

パーティのあと、ティム・ヘンマンとスティーブン・コウベクと夕食に行った。この二人はツアーでの友達だ。僕たちは鉄板焼レストランに行ったんだけど、そこではシェフが目の前で料理してくれるんだ。ティムは変なことを思いついて、彼の箸とシェフのコテを取り替えて、役を交代することにした。実際彼はすごく上手だったよ。なんといっても彼はお父さんだからね。でも僕は自分の牛肉があまりに心配で、シェフを替えてくれるように頼んだんだ。料理はおいしかったよ。

部屋に戻って眠ると、もう試合のリズムになってきた。朝起きて、ミルカとトニーと朝食に行き、十分なシャツや靴があるか確認したりして持ち物をそろえた。実は今日はラケットに問題があったんだ。昨日の夜、僕は練習のあとウェルカム・パーティに出るためにひどく急いでて、今日の試合のためにラケットのガットを張ってもらうのを忘れてしまったんだ。でも大会側が僕より先にラケットをホテルからコートに持っていって、ガットを張ってもらえるようにしてくれた。最後にはすべてうまくいってよかったよ。

スタジアムに着いて、最初の試合のために僕がセンターコートに踏み出すと、会場にざわめきが起こるのを感じた。今日はファンがたくさん来ていたから、僕はプレーできることがすごくうれしかったしワクワクしてた。最初の試合にしてはとてもうまくいったよ。コートに出るまで対戦相手のことを全然知らなかったから、そういう時はいつもとても難しいんだ。知ってると思うけど、タフなタイブレークを2セットやって勝った。試合のあとは、インタビューにドーピングテスト、ストレッチとマッサージ。いつもの長い長いルーティンだ。

試合が終わるといつも友達や家族と連絡を取りたくなる。でも日本では、僕の「石器時代の」携帯は使えない。ここの携帯電話は最新技術ですごく進んでて、帰る前に最新の機種を手に入れていかなくちゃと本気で思ってるんだ。

明日はまたもうちょっと面白いことを書くよ。試合ですごく疲れてるし、ディミトリがうしろからのぞいてるからすごく緊張してるんだ・・・

サヨナラ

Rog」

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