ナダルEl Paisインタビュー(日本語訳)
週末出かけてて遅くなっちゃいましたが、ナダルのEl Pais紙インタビュー日本語訳やりました。
やってみたらけっこう意味が取りづらいところもあり、Google翻訳とつきあわせながらやったんですけど、ムリヤリなところもかなりありますのでご了承ください。m(__)m
I'm a better player, but I can't run
原文(スペイン語) "Soy mejor tenista, pero no puedo correr"
英訳(Men's Tennis Forum)
ラファエル・ナダルは旗忠スタジアムの通路を10メートルほどボールを蹴りながら走って行った。その後、ロッカールームに入るとロジャー・フェデラーとジャグリングを始めた。このスイスの選手がマスターズの準決勝で6-4 6-1でナダルを倒したばかりであることをうかがわせるものはない。人生で最高のシーズンを送ったと言うナダルは、足でボールを弄び始めた。「マラドーナよりうまいね!」とフェデラーがはやす。それから、世界No.2は彼のメルセデスの中国人運転手に迎えられ、当紙との会見に応えた。
Q:1年間、フィットネスの準備なしでのプレーとなりましたね。
N:言い訳みたいに聞こえるから言ったことはないんだ。ケガについて話すのは好きじゃない。フィットネスの準備は毎日してるけど、ランニングができない。これから、シーズン前にはやってみるつもりだけどね。2005年の足のケガ以来、前より注意深くなってランニングは避けてるんだ。試合をすることで調子を上げていかなくちゃならないんだけど、それは難しいよ。もともとの基盤になるものがないんだから。
Q:どうやってそれを埋め合わせているんですか?
N:泳いだり、プールの中で走ったり、ローイング、バイク、elliptical machine(不明)・・・でも経験から、ランニングと同じじゃないってことは分る。同じだけの自信をくれないんだ。厳しいよ。
Q:あなたを有名にした、走りながらのカウンターアタックをもうやらないのはそのせい?
N:全部、足を維持するためにあえてやってることだ。僕はいつも高い、長いボールを打ってた。それが僕の一番いいところだったんだ。でも無意識に、僕のゲームはこの小さな問題に適応してしまった。今はもうそんなに攻撃的にはやらない。あまり無理をしないようにステップが小さくなり、心理的に弱くなった。「このひどい状態は何なんだ!最高のテニスをしてるのに、2005年ぐらい体調がよかったら!」って、ひとりで言ってるよ。
Q:いつもNo.1になることを考えてプレーしてきたと思いますが、今はノヴァク・ジョコビッチがNo.2の座を脅かしていますね。
N:いつも、前よりも後ろが気になってたよ。フェデラーは常に遠くにいるからね。シーズンのある時期になったら、年末には僕がNo.1になるかもしれないって記事が出始めた。その年のランキングで僕が彼より上にいて、彼には守らなきゃならないポイントがたくさんあったから。カギになる試合はウィンブルドンの決勝だったね。
Q:決勝の後、ロッカールームで何があったんですか?噂を聞きましたが・・・
N:表彰式ではなんとか子供みたいなマネはしなくてすんだけど、ロッカールームについたら、僕は座り込んで・・・優勝を夢見てた大会の決勝で、No.1相手にたくさんのチャンスがあったのに負けた後なんだ。だから普通のことだと思うけど、僕は怒りと悲しみで泣き出した。今年泣いたのはこの試合だけだし、キャリアでも数回しかない。すごく接戦だったんだ。僕は20分か25分そこにいて、みんなが入って来たからバスタブの中に座った。みんな僕を励ましてくれた。僕はお礼を言って、ひとりにしてくれるよう頼んだんだ。みんなに泣いてるところを見られるのはいやだからね。
Q:おじさんでコーチのトニは、自分がコーチをするのをやめるべきじゃないかとまで言ったそうですね。
N:今年、シーズンの初めにうまくいってなかった時、彼はそう提案してきた。僕はノーと言ったよ。彼が問題なんじゃない。僕は別のコーチを必要とせずに、状況を変えるだけの勇気を持ってる。トニは僕のコーチだ。これからもね。
Q:何を学んだ?
N:もっと辛抱強くなること。もっと経験を積むこと。ものごとが思ったほどうまくいかないとき、これは大事なことだ。何かがうまくいかないと、僕は不安になる。でもそれは普通のことで、最終的にまたいいプレーができるようになるって分ってる。明日でなければ、2週間後、1ヵ月後、3ヵ月後、でなきゃ5ヵ月後にはね。いったんトップフォームに入れば、No.2でいるには何か理由があるってことを自分自身に証明できる。トップから底辺に行くなんてことはないよ。今年はそれが一番重要なことだった。8ヶ月タイトルなしで僕は心配になってた。でもインディアン・ウェルズで優勝した時、僕は高いレベルでプレーし始めてた。突然カチッと音がして何かがうまくかみ合わさる。多くの場合、必要なのはこれなんだ。
Q:そうなるために、ゲームを変えた?
N:クレーでは、ずっと多くネットに出たし、少し自分のスタイルを変えたけど、いつでも高い緊張を保って戦うことをベースにしてた。今はもっと確実にネット・アンド・ボレーに行ける。サーブもよくなったよ。まだ少し加速が必要だけど、サーブが時速10から12km速いというのは自信になるよ。
Q:他の部分でももっと攻撃的になる必要がありますね。
N:よく忘れてしまうんだ。これは課題だよ。僕にとっては簡単なことじゃないからね。ひどいプレーをしてる、すごく防衛的なプレーをしてるってことが分かるまで、もっと攻撃的にやらなきゃってことに気づかないんだよ。
Q:ドーピングについて他の人より疑われることが多い?
N:他の人より追い回されてる感じはしないけど、打ちのめされてる感じはするね。バカバカしいと思うことがたくさんあるよ。フェレールとの試合が終わった後、おしっこが出なくて0時までそこにいなくちゃならなかったんだ。床でで食事したんだよ。
Q:ドーピングで陽性になると制裁期間が4年になりましたね。
N:フェナドールにヴィックス・ヴェポラッブ・・・これはドーピングなんだ。小さなミスがドーピングになるってことを意識しなくちゃならない。マルティナ・ヒンギスがコカインを摂取したかどうかは分からない。あれが彼女の役に立つと思う?僕の役にはたたないよ。それに、彼女のイメージも地に落ちた。僕はドラッグを軽蔑するけど、そうはできない場合もあるんだ。選手たちはもっと一緒になって助け合わなくちゃ。そうすれば僕たちは力を持って抵抗できる。団結が必要なんだ。12月はずっと旅をして回ってるから、毎日どこにいる予定か言わなくちゃならない。こんなのバカげてるよ。「犯罪者みたいに扱われるなんて、僕は何者だ?」ってひとりごとを言ってるんだ。
Q:なぜフェデラーはケガをしないように見えるんでしょうか?
N:彼の年間スケジュールとプレーの仕方だね。フェデラーには生まれつきの条件のよさがある。僕にもあるのは確かだけど、もっとハードワークを伴ったものだ。自分が他の選手よりもケガをしてるとは思わない。ごく小さな問題が巨大な問題に言い換えられてるように感じるよ。今年はマルセイユの大会しか欠場してないんだ。
Q:ローランギャロスの決勝ではケガをしていなかった?
N:ローランギャロスの間じゅう足がしびれてた。小さな疑いも頭に入れたくなかったから、病院に行きたくなかったんだ。深刻なものじゃないって分かってたしね。痛かったよ。決勝の後病院に行ったら、小さな打撲傷だった。
Q:2005年の足のケガには大きな影響を受けましたね。今年は1ヵ月半、膝のせいで休みましたが、同じような影響を受けましたか?
N:違ってたよ。出口が見えてたもの。何が起きてるのかは分かってた。USオープンだからプレーしたんだけど、精神的に勢いはなかったね。マヨルカで分析を受けたら、すべてがすごく悪かった。鉄分とか防衛(免疫?)機能とか・・・。ドクターに1週間休みを取るように言われて、イビサ島に行ったんだ。あれは人生でも最高の週だったよ。
Q:フェデラーがゴンザレスに負けた時、どう思った?
N:奇跡だって思った。
Q:クレーシーズンがすごく集中してるのは問題?
N:すごく不利だよね。勝たなきゃならないプレッシャーの中で、何千も試合をこなす2ヶ月をすごすんだ。フェデラーは違う。彼は何もしない週が何週間もある。僕はクレーのポイントがなければ上海に行けないだろう。クレー以外でもとてもいいシーズンだったけど、その間に(クレーの間に?)何かあれば、1年中悪かったと思う。
Q:圧倒される?
N:ハンブルグに着いた時は疲れ果ててた。頭が爆発してる時もあったよ。特にフェデラーと対戦した時はね。4週間か5週間、毎週決勝を闘ったんだ。プレッシャーを感じる、すごく厳しい試合だった。1日中同じことを考えてたよ。疲れてるときはそうなんだ。
Q:中国の観客はあなたの物静かな性格と攻撃的なイメージのギャップに驚いてましたね。
N:僕は他の20代と違うことはやってないよ。まだ子供なんだ。普通の人間だよ。
